「どんな米作りをするの? (早い話編)」でご紹介したように、農薬や化学肥料、外部の有機肥料も入れず、土地の生き物の力や、田んぼから出るワラなどを肥料として活かすのが僕の米作り。そのポイントは、雑草・虫・病気の対策をどうするか。
そして地面の栄養を吸収しやすい、元気な苗をどう育てるか、にあります。

田んぼの土に、自然な栄養を。

春の田植え前、誰もが「田起こし」をします。
一般的には深く耕して酸素や肥料を取り込みやすくし、また土中のガスを抜いたり、雑草の種を深く埋め込んで無力化する目的があります。
僕にとっての田起こしは、前年の稲刈りの時に土に蒔かれた稲ワラ、脱穀後に蒔いたモミ殻、精米の都度に蒔いたヌカ、刈り取った雑草などを土に混ぜ込み、それらを田植えの頃に肥料化させるのが目的。
そのため田起こしを2度に分け、1回目を1月に行います。静岡の気候に合わせてワラなどを程よく発酵させ肥料化するには、このあたりのタイミングがベストだと経験的に分かってきました。

ただし土の状態は田んぼによって異なるため、田起こしの方法も一律にあらず。
様子を見て少し進んではチェックし、耕す深さ・トラクターのスピード、ロータリーの回転数などを調整します。カメの歩みのようなノロノロ田起こしですが、化学肥料や外部の有機肥料を使わない以上、ここをきめ細かくやらないといけません。
春の2回目の田起こしは雑草を刈り、埋め込むのが目的。
米ヌカを入れるタイミングは、いま試行錯誤をしています。

ちなみに、僕の田起こしはあまり深く耕しません。僕の苗は土中に酸素を取り込むように根を張るため、あえて酸素を入れる必要がないのです。
化学肥料やいわゆる有機肥料を使わないからガスもほとんど出ません。
世界中の牛が出すゲップが、意外に多くのCO2を排出するという話、聞いたことありませんか? じつは田んぼが出すガスもCO2排出量を増大させるため、今、ちょっとした環境問題とも言われているのです。

雑草対策、さらにきめ細かく。

田起こしの後、田植えをする前には、どこの田んぼでも水を張って耕す「代掻き」をします。田んぼを平らにして苗が均一に育つようにしたり、根付きが良くなるようにしたり、雑草を埋め込んで伸びてこないようにする目的があります。
基本的には僕も同じ目的で代掻きをしますが、農薬を使わないため、雑草対策をより周到に行います。

たとえば雑草は埋め込んだ方がいいタイプと、むしろ水に浮かせて枯らした方がいいタイプがあります。
それを見極め、浮かせたい場合は水を多めに。深く埋め込みたい場合は水を少なめにして混ぜ込み、さらに表面を軽く混ぜて、土の上辺にトロトロした層を作ります。
雑草が出てこないように、トロトロ層でフタをする感じです。

雑草が多いと水や土の栄養分が稲に行き渡らず、虫を過剰に招き、風通しや日当たりも悪くなってお米の品質が低下。雑草対策はとても大事な作業です。
それでも雑草の完全壊滅はできず、日々雑草刈り。
無農薬である以上、避けて通れない宿命です。
ただし、年々生えにくくなってはいます。
逆に、新たに手がける田んぼは、同じ対策を施しても雑草が多い。
やはり地道に続けることが大事なのです。

雑草を残して、虫の棲み家を作る、
という発想。

7月頃以降は畦の雑草を5cm程残します。
この時期の雑草は種を飛散させませんし、何より虫の棲み家になるのです。
いわゆる害虫が稲に付くのは、除草剤で雑草を壊滅させることが要因のひとつ。
それで虫が出ると駆除の薬を使う悪循環……。
除草剤を使わずに雑草を少し残せば、そこにいわゆる害虫が棲み、バッタや蜘蛛もやってくる。
するとカエルや鳥が喜ぶ。
そして虫のフンや死骸が自然な肥料に。
害虫も自然の生態系に取りこめば、ある意味益虫。悪循環を好循環に変えられるのです。

強く、たくましく育った苗は、
栄養を吸収しやすい。病気に負けない。

ここからは種や苗の話。種は、前年の刈り取りの時に残しておいた種モミを使います。これを苗箱の土に蒔き、発芽した苗がある程度成長したら田んぼに植える……それは一般的な話。僕は少し違うやり方で、土の栄養を元気に吸収し、しかも病気に強い苗を育てるように努めています。

種の話―――若い種を使う。薬の消毒をしない。

まず前年の話。僕は種を確保する時期が違います。稲刈りの時ではなく、それより少し早目に、まだ若い種を確保。若い方が翌年に勢いが出て、元気な苗が育ちやすいのです。

さて田植えの年。保存しておいた種は病気予防のために薬で消毒をするのが普通です。僕は代わりに温湯殺菌。これは一定温を保った湯に、一定時間、種をつけておく手法で、薬の消毒と同じ効果が得られます。

ではなぜ、他の農家もそれをやらないか。湯温を一定に保つ管理が大変だからだと思います(この方法を知らない人もいるかも)。僕はサーモスタットの付いた機械を導入したため、温湯殺菌が容易にできるようになりました。

苗の話―――たくさん植えない。じっくりと強靱な茎を作る。

種は、いきなり田んぼに蒔くのではなく、苗箱に蒔いて発芽・成長を待ちます。
この時に蒔く種の数が、僕は普通よりグンと少なめ(半分近い)。
これも強い苗を育てるためと、機械で行う田植えの時、機械が何本もの苗をつかまないようにするためです。(詳しくは後ほど)

ふつうは、発芽した苗箱に温度をかけて成長させ、5、6cm程まで伸びると茎から一葉目が出ます。
でも僕は芽が出たら温度をかけず、3cm程度で一葉目が出るようにします。
普通の半分の長さです。
ここで急いで伸ばすと茎がヒョロヒョロ。
逆に僕の苗は明らかに茎が太く、これが強い苗作りに通じるのです。

一葉目までは短くても、田植えをする時の苗は、今度は普通より成長させます。
普通は「はつか苗」と言って20日間・10数cmが田植えの目安。
でも僕は40日待ち、25cm程度まで伸ばします。
一葉目までは短くし、育苗自体は長く。
これが後々生きてきます。
根の勢いが増し、水や土の栄養を吸収しやすくなり、茎は太くて頑丈になります。
むやみに肥料を与えなくても、稲ワラやモミ殻、ヌカ、そして生き物と微生物が織り成す養分だけで元気な稲が育つのです。

ところで、苗箱の中の苗が5cm程になった時、僕は苗をイジメます。
ローラーで押し倒したり、踏みつけたり。当然茎は折れますが、植物の力はすごい。
修復をしようと潜在能力を発揮して、むしろ強く太く、粘りも出る。人間も、子どもの頃に骨折した所はむしろ強くなるといいますね。
それと同じです。

田植えの話―――密集させない。その方がいい米ができるから。

普通は田植機が4~5本の苗をつかんで一箇所に植え、これを1株と言います。1株は15cm間隔で植えます。
このやり方だと田んぼ全体に苗が密集し、緑をたたえて見た目もキレイ。
でも僕の場合は、前述のように苗箱の中の苗の数が少なく、このため田植機は1本か2本の苗しかつかみません。
1株につき、苗が1本か2本。
おまけに間隔は18cm。
スカスカで見栄えの悪い田んぼが出来上がります。

でも、スカスカの方が苗の成長のために、米作りのために絶対にいい。
だって風通しも日当たりも良くなり、日が当たれば微生物も育ちやすい。
水温も上がり、夜は水を掛け流すことで昼と夜で水温差を出せる(水温差がある方がおいしいお米ができやすいのです)。
株と株の間隔が開いているから病気伝染のリスクも減り、何より1株1株がしっかり根を張り、栄養を吸収。
田起こしの話の時に「土中に酸素が届く根の張り方」と言ったのも、このスカスカ植えに理由があります。

一般の農家が苗を密集させるのは収穫量を上げるためです。
気持ちは分かります。
でも僕は比較実験をしました。
苗をたくさん密集させる田植えと、苗の少ないスカスカな田植えで、どれだけ収穫量に差が出るか。
すると驚くことに結果は同じ。
スカスカな方が1株に実る米粒の数が断然多かったのです。
収穫量が同じなら、スカスカの田んぼのお米の方がおいしいに決まっています。1
株1株が風や太陽光を存分に受け、栄養を豊富に吸収できるのですから。

生き物たちと一緒に。

田植え以後は、一つ一つの田んぼの見回りが大事な仕事。雑草を刈り、苗の状態をチェックする。
水位が低すぎて土が露出している部分はないか(露出すると雑草が生えやすい)。
水温も見て、必要に応じて夜に水の入り口を開けて掛け流し、朝には再び止める。
といっても何カ所もあるから、これもひと仕事です。
僕がそうした作業をする一方で、土を豊かにしてくれているのが、生き物たちです。

田植え後にすぐ元気な姿を見せるドジョウやメダカ、様々な種類のカエル、それを狙ってシマヘビやカナヘビ。春はモグラやスッポンを見ることも。
空からはカモやシラサギ、サギ。
初夏になるとイトミミズやタニシ、アメンボをよく見かけます。
その上をチョウが優雅に舞い始めます。
そしてこの時期、会うのが楽しみなのがホウネンエビです。

ホウネンエビとは体長2cmほどの甲殻類、学問上はエビとは違うようですが、まあエビの仲間みたいな感じ。
昔はどこの田んぼにも生息し、この生き物が多い年は豊作であることから“豊年エビ”と名付けられたとか。
害虫を食べるとか特別な役割はありませんが、農薬や化学肥料を使っていては、まずお目にかかれませんから、環境のバロメータと言えるのです。

ホウネンエビに特別な役割はないと言いましたが、生態系のひとつとして田んぼに貢献していることは間違いありません。
泥をかき混ぜて水を濁らせるため、水底に光が届かず、雑草を発生させにくい、という指摘もあります。

夏本番になると、虫たちがいよいよ目に付きます。
様々な種類のトンボやヤンマ、クモ。バッタ、カマキリ、イナゴ、テントウムシ、嫌われ者のカメムシ……。
彼らがフンをし、生命を終え、微生物と連携して水や土を豊かにする。それが僕の米作り……と言ったら手柄の横取りですね。
生き物と一緒の、自然の恩恵にあずかる米作り、と言い直します。

害虫を益虫に変える、という発想

僕の田んぼのある旧大井川町(現焼津市)と、その周辺では、近年ジャンボタニシが大発生。
食用に養殖したものがいつしか逃げて、このエリアで繁殖したのです。
ジャンボタニシは柔らかい苗を食べてしまいます。
そこで普通は薬で駆除しますが、僕はそれはできない。
お茶のシブを使うといいと聞いて、これなら薬ではないからいいだろうと、実験的に一部で使ってみました。確かにジャンボタニシは駆除できますが、他の生き物まで死んでしまった……

そこで発想を変え、ジャンボタニシを味方にすることにしました。
連中が食べるのは田植え直後の柔らかい苗の、さらに柔らかい先端部分。そこで田んぼの水をギリギリまで少なくして、先端まで届かないようにする。
すると連中はあきらめて、雑草を食べるようになったのです。この瞬間、ジャンボタニシは害のある生き物から益を呼ぶ生き物になりました。

でも水を少なくすると、地面が露出しやすい。露出すると雑草が生えてくる。
そのギリギリの接点を追求するわけですから、仕事は増える。まあ正直、やっかいな生き物ではあります……

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